輝きの定義(ワンドロお題「宝石」)

 昼休みの校舎の屋上でアメスピをふかしていると、クラスメートの魚がこっそり上がってきて隣に座る。メロンパンをかじる姿からふわりと薄く香ってくるのはシャボンのコロンだ。自分の隣に居るとヤニ臭が移るぜ、と思いながら射手は面倒くさくて煙草の炎が根本にくるまでぼんやりしていた。
「射手くん、お昼なんか食べないの?」
「……腹減ったけどメシ持ってくるの忘れたァ」
「あらら」
 魚が何の気なく手元のメロンパンを半分にちぎると、射手に差し出す。射手は傷んだ茶髪を風に揺らしつつ「いや、そこまで腹減ってないし」と矛盾したぼやきで断りをいれた。
「射手くん、なんか寂しい煙草の吸い方するんだねえ」
 その言い方、やさしさが心の虚に刺さって地味に痛いから止めてほしいんだよな、と射手は思ったが、表立っては「そうですかね?」と道化じみたノリで口の端を持ち上げて流した。以前魚の落とし物を拾ってやってから、なんでかちょくちょくくっつかれている。
「魚くんこそ俺にくっついてる場合じゃなくない? もうちょいまともな相手探したら」
「うーん、一応さあ、仲良しの子だったらいっぱいいるんだけどね、仲良くしてるつもりが気づくと毎回面倒なことになっちゃって」
 白い雲が風に流れる心地よい天気の中で、魚の髪の毛のカーブが風にそよぐ。きれぎれに口元に届くシャボンの香り。だんだん変な沈黙が挟まっても大丈夫な距離感になってしまっている。射手は教室にいるときは妙にテンションが高いが、屋上でアメスピを吸っているときはあからさまに血圧が低くダウナーな状態になっているのが常だった。
「僕さあ、カワイイものとコイバナで盛り上がるのが好きなんだけど、仲良しの相手とそんな話ばっかしてたらある日相手の視線がなんかコワイ感じになるんだよね」
 魚は、話しながら思い出した表情になって、デコ通学バッグの中からひとかたまりのビニールショッパーを取り出した。屋上のコンクリートの地面に中から女児向けのアクセサリーを一粒ずつ並べていく。射手が「なにそれ」と気怠く訊くと、「タイヨウ宝石の春コレクション!」ときらきらした声が帰ってきた。金属に見える部分はメッキ、色とりどりの宝石の粒たちはアクリル、それらが、たまに太陽光を鋭い角度で反射させて光る。
「かわいくない?」
「かわいい」
 それをお前が持っていることがかわいい、というテンション高めなコメントが射手の喉元でヤニに絡んで消化不良を起こしていた。教室で出せばめっちゃ何も考えずに褒めていたであろう。
「ユメカワでしょ?」
「へ? 夢川? なに?」
ゆめかわいいでしょ? 覚えたほうがいいよ! 僕さ、タイヨウ宝石がずっと大好きで、見たら全部買っちゃうの」
「ライン買いっすか。高くない?」
「新作だけだったら五百円ぐらいだよ!」
 それが一個ではなく全部買った時の総額らしい。射手は素直に「ほえ~!」と感嘆の声を上げながら、テキ屋のようにブローチを一つ手にとってしげしげ見つめた。やがて、そのまま太陽にかざす。
 このオモチャみたいなイミテーションを心の底からかわいいと思う精神構造はどうなっているんだと、無言で思いに耽った。
 ──これが、本物だったら、俺の力で生きているうちに買えるかしら?

「それを僕と友達とでならべっこして、きれいだねって言い合ってる時が一番時間がキラキラしててユメカワなんだ。僕その時間が好きで」
「──ああ、そりゃ相手は耐えられないよ。だって夢じゃん」
 ブローチ越しに空を仰ぎながら思ったままをそのまま呟いた。だって偽物だって見たらわかるんだから、きっと魚以外に耐えられない。
「これを、いつか本物に変えてやるっていう夢だったら見れるけど。そういう夢じゃないんだろ。魚くんのは」
 遠く遠くブローチの向こうに浮かぶ希望に瞳をすがめて、優しく手を下ろす。掌にころがるブローチを魚に返そうとすると、魚はそのベビーフェイスに苦いものを含んだような拒絶の表情を浮かべて、いた。それから取り繕うように笑顔になって、「ひどぉい」と射手をからかった。
 何気ない一言で傷つけ合って、お互いそれをどうにかして取り返したいと思うようになったら、とても面倒になる。
 逃げたほうがいいかな、と思いながら射手はその場のノリに合わせて微笑した。


 - fin -

作品データ

初出:2021/5/16
Twitter企画#占星術創作ワンドロ参加作
同人誌『二人旅、風の馬の国/攻める奴ほどよく喘ぐ』収録(※同人誌はR18)
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