自由解釈違い(ワンドロお題「ミニキャラ・デフォルメ」)

 中指にクロームの指輪を嵌めたヒョロ長い男の手が、ファンシーな鳥のミニマスコットを握ってそっと目の前の相手へ突き出していた。
「はい。落としたよ」
 声変わりしはじめている微妙な音域の声だった。教室でのホームルームも終わり、クラスメート達が机を立って部活に向かうなり帰るなりしようかという頃合いだ。魚は前の席に座っているクラスメート──射手が差し出したぬいぐるみを見て、思わず自分の鞄のストラップを確認した。
「あっ、切れてる」
「付けてたの?」
「うん鞄につけてたんだ。ありがとう。失くしたら大変だった」
 射手の手からぬいぐるみをそっと回収する魚の仕草をみて、射手は明るい茶髪の下で「ふうん」とアンニュイな目元を漂わせた。出席番号1番の射手と2番の魚で机が前後している。日頃の雑談は隣に座っている牡羊とすることが多いが、大体の相手には仲良くなるに越したことはないので、後ろの魚とも機会があればフランクに話をする。
「それ、なんちゅう鳥?」
 射手の問いかけに、魚は黒目がちな瞳をぱちくりさせたかと思うと笑み細めて、まだ変声期に入っていない少年の声で答えた。
「わかんない。前にどこかのガチャポンで出てきて、ストラップついててさぁかわいいからつけてた」
「ほーん。なんか大切ないわくつきとかじゃなくて?」
「? ううん? なんもないよ? でもカワイイじゃない?」
 綿飴のような声で無邪気な言葉を紡いでくる、同学年の男子。のはず。
 小鳥のマスコットは女性か子どもを対象層にしたであろうこぢんまりとした丸みを帯びている。射手もそれが魚の鞄のあたりから転がり落ちる瞬間を見ていなければ、そして魚の鞄に薬玉のようにぶら下がっている大量のかわいいストラップ群を発見しなければ、このファンシーマスコットの持ち主が男子だとは思わなかっただろう。
 なんとなく後ろに座っているだけの奴が規格外だと地味に衝撃を受ける。
「なかなかパンクっつーか自由っつーか……。自由だな魚くんは」
「そーお?」
「うん」
「こういう何かを拾ってもらうエピソードってさ、恋の始まりだったりするよね。今日は射手くんでしたか」
 魚は「ふふ」と照れ笑いをして礼をいうと、席を立って教室から出ていく。射手は廊下側の壁にもたれながらぽかんとした表情でそれを見送った。

 放課後、人のいない屋上に上がってフェンスにもたれ、煙草に火を点け、遮るもののない空を見上げてぼんやりしていた。網膜を刺す春の太陽もクロームの指輪も茶髪も煙草も自分の神経を研いでくれるものの、どこかへ飛ばしてくれるわけではなかった。でかいことをしたいというより、うんと遠くへ行きたかった。遠く。漠然と遠く。
「おーい!」
 下の方から声がして射手が振り向くと、校舎下の外通路から豆粒大の大きさの魚がニコニコ手を振っていた。射手は面食らった。喫煙が見つかったからとかそういうことではなく。
 ──あれもすごい遠くへ行けそうだけど、俺はあれにはなれないや。
 指輪を嵌めた手をぶらぶら振って返事する。この距離なら苦笑いはバレないだろうと、八の字に寄せた眉を隠しもしなかった。


 - fin -

作品データ

初出:2021/4/18
Twitter企画#占星術創作ワンドロ参加作
同人誌『二人旅、風の馬の国/攻める奴ほどよく喘ぐ』収録(※同人誌はR18)
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