新星座デビュー(ワンドロお題「春分」)

 春分の日が年によって三月二十日か翌二十一日のいずれかでふらついているのは、春分それ自体が昼と夜の長さが等しくなる日つまり太陽基準で決まる節目だからである。太陽の出方は年毎に僅かに前後する。
 同じ理由で、魚座と牡羊座の境界も厳密には毎年どちらかの日を行き来している。三月二十日生まれの人間には魚座と牡羊座の両方がいるということだ。

「そう。だからね、君これまでさんざん魚座だって言ってたけど、本当は牡羊座だったんだよ」

 床屋の椅子に座っていた年端もいかぬ少年が、後ろの青年理容師の言葉に「えぇ!?」と目を剥いて大声をあげた。ケープを掛けられ髪にブリーチ用の薬剤を塗られて放置中の出来事であった。
 青年理容師は柔和な顔立ちに困ったような微笑をたたえて次の準備をしている。名前を魚といった。今しがた牡羊といわれた少年については小学生のころから何度か髪を切っているが、脱色をしてやるのはこれが初めてだった。
 少年は春分の日生まれで、この春高校生になる。早生まれも手伝って余計に子供に見えるのを、高校デビューで一発逆転してやろうと思い立って小遣いをはたいたらしい。
「え、だってテレビの占いで三月二十日って魚座じゃん」
「魚座の人もいるけど、生まれた年によっては牡羊座もいるんだって。二十日生まれでちょうど春分の日と重なってる人は牡羊の可能性があるから、占い師にちゃんと観てもらった方がいいんだってさ」
「魚さんも二十日生まれで魚座でしょ」
「残念ですが僕は正真正銘の魚座だったねえ。お客さんの占い師さんに見てもらったんだけど、僕の年は春分の日は二十一日だったしね」
 牡羊といわれた少年は鏡に向かって困惑した表情をわかりやすく出している。魚はそんな様子を「ふふ」と笑いながら、シャンプー台の方へ少年を移動させて髪にシャワーをかけていく。真っ黒から赤茶色になった芯のある髪に、湯をよく通そうと手際よく手ぐしをいれる。
「高校から牡羊座デビューできるじゃん。よかったね」
「いやそういうつもりじゃ⋯⋯そんなんありかよ~」
 同じ誕生日なの、結構イイなって思ってたのに。
 トリートメント後に強い風量でドライヤーをかけられながら牡羊少年がぼやく。少年が思っていたほど髪色は明るくならなかったようで、赤みの強い茶髪姿の顔がそこにあった。悪くはない色合い。正面の鏡を見ている牡羊少年に後ろから魚青年がにこにこしながら両肩をぽんと叩いた。
「よし。カッコいい」
 スタートダッシュ、これでばっちりだよ。
 魚の言葉に、牡羊少年は戸惑いながらも背筋を伸ばして目元に力をいれ「うす」と大きな声で答えた。


 - fin -

作品データ

初出:2021/3/20
Twitter企画#占星術創作ワンドロ参加作
同人誌『二人旅、風の馬の国/攻める奴ほどよく喘ぐ』収録(※同人誌はR18)
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