超能力ホリデー

 俺の後ろで双子がニヤニヤとした顔をしてこちらを眺めている。
 休日の小春日和のことだった。俺がいつものようにカウチソファの上で惰眠を貪っていると、ドアチャイムがロートルな音で来客を告げたのだ。予告もなしに家に来た双子は指に巻いた絆創膏を見せながら調子がいいときの口の軽さをフルに発揮していた。
「いやさ~、俺急に牡牛と遊びたくなっちゃって。あれこの前の獅子座お料理教室見た? あのトマトジンジャースープいけそうだったよね」
「獅子座お料理教室は録画したがまだ見てない。ところでその指はどうした」
「あ、これ? いや大丈夫だよ。紙でちょっと切っただけだから」
 獅子座お料理教室とは毎週火曜日夕方の五時に川田テレビで放送されている料理番組だ。コーディネーター兼司会の獅子が実は発火の超能力を持つことで知られており、何が視聴者に受けたのか毎週奇想天外なポイントで料理が燃えるサイキックお料理番組になってしまった。獅子もやめておけばいいのに毎回調子に乗ってお家芸を披露し、直後に副作用の痛みをこらえて笑顔を引きつらせながら料理を進めるので一部の愛好家にはそこも見どころになっている。
 双子は勝手に家に上がりこんでテレビをつけると録画データから件の番組を流し始め、キッチンに立った俺の後姿をカウチソファからニヤニヤと見つめているのだった。
 やはり奴の指の絆創膏が気になる。双子には傷と引き換えに未来を知る未来予知の超能力がある。
 俺がキッチンに立ち、欲しい食材を思い浮かべて「むん」と念をこめると、バスケットの中でまだ新鮮なトマトが消え去り一瞬でこの手の中へ出現した。手の中でトマトが返すみずみずしい弾力が好きだ。そのまままな板に乗せて手際よくカットし水を張った鍋に放り込んでいく。
 俺自身の持つ能力は、アポーツ(物体取り寄せ)という。
「便利そうだよなその能力。俺と違ってノーリスクでできるところが」
「何でも持ってこられるわけじゃない」
「なあ、お前のその能力使ったらさ、俺も空間移動できるかな?」
「微妙なところだな。食えないし」
「なにそれ」
「俺が引き寄せられるのは大体食ってうまいもの、きれいなもの、面白いものって相場が決まってるんだ。なんならお前も俺の所有物になるか?」
 双子が肩をすくめて嫌そうな顔をするのをよそに、もう一度念をこめる。手の中に塩の入ったタッパーは来なかった。俺は調味料棚を開けて塩のタッパーを取り出すと、スプーンで中の塩をすくって鍋に放り込んだ。
 この能力を知ってから何でも試しているが、生で食べておいしくない食材は単体で引き寄せるのが難しいようだ。塩をかけたスイカのように調味料と素材をセットで引き寄せることはできる。
 ふたたび、ドアチャイムが鳴る。
 俺は料理をする手を止めて玄関へと向かった。一挙手一投足ごとに居間で双子が笑い出しそうになっているのが気になる。何が一体そんなに面白いのか。
 ドアスコープから外を覗くとドアの外では射手が片手に本を抱えてこちらへ挨拶をする手振りをしていた。すぐにドアを開ける。休みなのに客が多い日だ。
「牡牛ー! ちょっとさー頼みがあって遊びに来ちゃった♪ あ、誰かきてるの」
「双子がきてる」
「マジで!? あーちょうどいいや、用事済ませたら遊ぼうぜ」
 玄関で射手が陽気な声をあげているので双子も玄関へと出てきた。こいつらは二人揃うと元々収拾がつかないがそれにしても今日の双子は妙にハイテンションだ。中で獅子座料理教室が流れていると知った射手は上機嫌で玄関に靴を蹴り飛ばして上がりこみ、俺は来客の靴を適当に揃えたあとで再びキッチンへと戻ろうとした。
「あーそうだ、牡牛! あのさー頼みがあんだけど」
「なんだ?」
「水瓶の奴ここへ呼べない? 俺あいつに本返さなくっちゃいけなくて」
 無言で家の置き電話を指差した俺に射手は何かを期待した満面の笑顔で首を横に振った。
 ……なんとなく奴のやってほしいらしいことはわかったが無視することにした。
「電話で呼べばいい」
「だって出ないんだもん☆」
「もしくはお前自力で奴の家へ飛べ」
「え、テレポ? 駄目だよーあれ使うと身体麻痺るしぃー」
「もしくは電車で行け」
「だって水瓶ん家電車で三十分かかるもん! お前ん家徒歩で十分だもん!」
 射手のブリっ子アクションはネタに走るせいかぶっちゃけて言うと常に角度がキモいと俺は思う。とにかく俺はアポーツで水瓶を取り寄せるよう射手に頼まれているのだった。横では双子がニヤニヤしつつ見下し目線でこちらを見ている。やめろこっちを見るな。
「お前と水瓶ってラブじゃん! ラブラブじゃん! いけるって!」
「牡牛、俺も手伝ってあげるよ。ほらガラナチョコあげるw」
「そうそう! 今日休日だしさ、呼んだあと二人でセクロス三昧でもなんでもいいから! 俺そしたら双子と外で遊んでくるから大丈夫だって!」
「そうそう俺たち何も知らなかったふりしてあげるからwwwwwwなあ射手www」
「なあ☆wwwwww」
 ただ奴らの浮かれた声を聞いているだけの俺にも会話の内容に草が大量に生えているのが見えるようだった。あやしい挙動で俺の周囲を回転しまくる射手と双子が非常に神経に障る。
「おまえら二人とも食うぞ」
 ぼそっと出した声が自分でも思った以上に低音だった。二人が一瞬飛び上がってその場に停止したので、俺は少し気が晴れた。
 これは早いところ水瓶を取り寄せてしまったほうが早いかもしれない。
「わかった、水瓶は呼んでやる。ちょっと精神統一したいから一人にさせてくれ」

 俺は水瓶を取り寄せることができる。これまで人間で試して取り寄せることができたのは水瓶だけだった。だがそれには環境を整えなければならない。極限状態であればどこでも一瞬で水瓶を取り寄せられるだろうが、平時に彼を呼ぶ際には俺の状態はちょっと人には見せづらい。
 俺が二人に部屋を出るように頼むと、肝心のシーンを見たいとごねる射手を双子が強引に外へと引っ張り出してくれた。ようやく静かになった部屋のソファで、俺はテレビの獅子座お料理教室を消してカウチに横になった。



 アポーツとは欲望の超能力だ。おいしいもの、美しいもの、面白いもの……快楽と所有への強い欲求が能力発動への鍵となる。人間ほどの質量を遠地からここまで取り寄せるには、それにあわせた欲望が俺の中で高められていなければならない。
 すなわちこの場合、水瓶を食べたいという欲求もしくは所有欲というわけだ。
「……うーん」
 人に見せるに堪えない。俺は、目を閉じてひたすら妄想に耽った。暗闇で抱き合ったときのあの熱のこもった息遣い。体温。滴る汗。互いの口の中で混ざる唾液、絡む舌の熱さ。匂い。水瓶は身体の匂いが人よりも薄かった。体温も上がりにくく、そのもの足りぬ感じが一層俺の性欲を掻き立てるに至る。
 俺はカウチソファにうつぶせになり、しばらくそこでもじもじしていた。やはり他人に見せがたい。いつもならこの辺で水瓶が呼べるのに今日は感触もやたらと重い。さらに辛抱たまらない状態まで自分を高めていく。息が弾んで体温が上がってくる。
 ──水瓶。はやくこい。
 俺は敏感になった全身とともに強く目を見開き、目の前の宙に腕を伸ばして体中の念力を一点に集中した。
 次元が一点に収束し、ごく一点で光ったかと思うと再び元の状態へ引き伸ばされる。次元の穴から水瓶の身体が引き出されるのを俺は確かにこの目で……
「何ぃ!?
 この目で見ながら絶叫してしまった。アポーツの完了と共に俺は反動でカウチソファの端に弾き飛ばされ、股間のエベレストを晒しながら肩を強く打ってしまった。



 水瓶は確かに取り寄せることができた。向こうも俺に引き寄せられるのには慣れている。細く硬質な身体と白い肌、若干くせのある長めの髪。いつもの水瓶だ。
 問題は俺が床に視線を落としても足が四本部屋に立っているということだ。
「牡牛! どうした……」
 外から俺の声を聞きつけて射手が部屋に飛び込んできた。奴もまた部屋の中の光景を見て口をあんぐりさせる。その後ろから双子が入ってくる。入口のところから吹き出し、部屋中にこだまするような馬鹿笑いを起こしながら。
 双子のやつ、これを知っててうちに来たに違いない。なんてことだ、畜生。
「やあ牡牛、こんにちは。また会えたね」
 俺に平静そうに声をかける水瓶の横でもう一体の水瓶が度肝を抜かれた顔をして隣の水瓶を見ていた。服装も違う。度肝を抜かれたほうの水瓶はもう一体の水瓶と俺を見比べながら口をぱくぱくさせている。
「水瓶、なんでおまえ二人いる」
「僕が知るか! 理論的にありうるといえばありうるが僕もこういうケースは初めてだぞ」
「まあこういうこともあるよね。こんにちは僕二号」
「お前に二号扱いされるいわれはない。むしろお前が二号なんじゃないのか!」
 二号扱いされた水瓶が言い返すのをもう一体の水瓶が鼻にかけた笑いで流そうとする。俺はその場で二人の水瓶が口論と挑発に走りあうのを呆然と見つめていた。どうもどちらかがフューチャー水瓶でありどちらかがオールド水瓶であるらしい。意味がわからない。俺にはどちらも同じ人物にしか見えないのだが。
 水瓶の超能力がタイムワープだと双子に吹聴された射手が、ようやく外れかかっていた口を嵌めなおして感想を洩らす。
「じゃあ、とりあえず3Pか。本はどっちに返したらいいんだろ」
 俺はカウチソファの上で脱力しきったまま言葉もなかった。


 - 続? -

作品データ

初出:2008/6/20
同人誌未収録
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