blue

 どうも俺は男×女の集団の中でハズレくじだったらしいと気づいた高校二年の秋に、水瓶は俺の前で缶コーヒーを飲みきって飲み終わった後の缶ののみくちを噛んでいた。俺はかなりエロい目でその乾いた唇と鉄をかむ歯を見ていた。まだ好きな奴と手をつなぐ術も知らなかった。
「たとえば発情期全開のときにそういう面見るだろう」
「はン? なにが」
「そーゆー無意識にもの噛みなから誘った視線で他人見てるやつを拝むとだよ。問答無用でヤリてえなあって思っちゃうわけだよ」
 リベラル派を自称する水瓶は俺が……であることも知っていたが、俺が性的妄想をところ構わずぶちまけながらそのくせ全く手を出しもしない現実を容認していた。今回も俺の面を涼しく見た後「ふーん」と流した。残酷な奴だ。でも時々こいつは子供っぽくて、そこはなんと言うか俺がおかーさんのように譲歩してやらなければならない。
 水瓶自身、自らが普通に女とくっつくであろうことは漠然と予知しつつも自分のノーマルさを早々と断定したくはなくて、あえて俺と居るような気がしている。
「そーゆー感じのポルノでも見る? ネット使ったら手に入れられるだろうし」
「やだよ」
「なんで」
「お前は興味本位なんだろうけど。俺は本気でむらむらするし。なんか面白いの意味が違うじゃん。お前俺が映像見て勃起してるの見たいの?」
「……いいんじゃない?」
「俺はやだよ。お前には見られたくない」

 水瓶がふと黙る。窓の外で虫がカナカナと鳴いている音が聴こえていた。俺は、もじもじして手を股間の前で組んでいた。そのままズボン越しに太ももではさんで押さえつける。
 息をしている。呼気の水分と空気とをいちどに感じる。あいつのこちらを試すようなまなざし。素っ気無い空気の中に混じる一滴のペールブルー。

「蠍。お前さ、俺がマスターベーションして勃起してるの見れたら嬉しいの?」

 俺は無言でうなずくしかなかった。嘘をついたらこの透明な時が終わってしまうと思っていたから。
「どうして? 俺だから? それとも俺が男だから?」
「どっちも」
「ふーん……」
 水瓶は言葉を打ち切るとぼんやりあさっての方を見た。それから、ガキっぽい苦い表情をもたげて空き缶をゴミ箱へ放り投げた。ナイスシュート。

「ごめん。たぶらかすようなこと言った。お前で遊んだ。もっと真面目に聞けばよかった」
「いいよ。いつもセクハラしてるの俺だし」
「ああ、いつものあのトーク、セクハラなの? だったらそれは嫌だな。うん。真面目な話だと思ってた」
「お前と話すといつもなんかズレるよな。だからなんか話しやすいけど」
 真面目に話をきいてくれるのなら、俺と、そっと、手をつないでください。
 いえなかった。セクハラじみた話ならいくらでもできたのに。


 - fin -

作品データ

初出:2008/10/2
同人誌『僕は水の中へは行けない/blue』収録(※同人誌はR18)
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