タンデム

 別に奴は俺に無理強いしないけど、俺が付いて行かないなら行かないで、その後奴が戻ってこない可能性もあるんじゃないかという一抹の不安を捨てられないのだ。
「なあ蠍、ちょっと出かけねえ?」
 休日の昼下がりに俺が作った娼婦風パスタを頬張りながら射手は言った。潰したホールトマトソースの欠片を口に赤くつけながら。俺は猫背からくる上目っぽい睨み付けるような見方でやっぱりスパゲティを喰いながら射手の顔を眺める。
「どこへ」
「駅前か都内。和風ぽいとこ行きたいなぁ」
 最高に漠然とした行き先をフワフワ述べる。要は行き当たりばったりということか。春先で俺と射手が共に暮らす家の軒先も好天だった。俺と射手の組み合わせは、基本的に流行とか時節とかいうものを考慮することはなく、いつの時期にどこの道を行くと渋滞に巻き込まれるなとかそういうことは動き出すまで全く考えないし、トラブルがあったらあったでアウトローに逸れていくばかりだ。スパゲッティをかきこみ終わると射手が二人分の皿を一気に手早く洗う。多分皿洗いが終わったら即出発だ。俺は洗濯とか掃除とかもろもろの作業を内心で潔く諦め、財布と携帯をポケットに突っ込んだ。

 射手は、基本的には旅行に他人を誘わない。俺が旅行に誘われるようになったのは奴と暮らすようになってからだった。俺が奴と対照的にインドア好きで旅行に興味がなさそうなのが大きいらしい。
 バイクに相乗りして県境を越え、都内に入る。最初のころは一人一台だったが射手が行き当たりばったり過ぎるので途中でやめ、俺が後ろに乗る形でのタンデムに切り替えた。無言で奴の後ろに乗って風に耐えるのは修行じみているが、東京近辺は景色が次々と移り変わるのでそれほどきつくもない。タンデムでは首都高に乗れなかったりするが射手も文句はほとんど言わないし、俺が後ろに乗ると奴の危険運転の頻度はぐっと減った。
 バイクは都内の大きい公園通りにさしかかり、いつも屋台と自販機が出ているロータリーで一旦止まった。俺は射手を待たせて飲料水とタコ焼きを買い、射手の後ろにまた腰かけて食料を半々に分ける。
「お前が俺を信じ切って乗ってるの、怖いわ」
 たこ焼きを頬張りながらしみじみ言う射手の顔を眺めながら、そんなものかと思う。バイクのバックレストにもたれながら「俺は大分こっちのが安心だ」と返すと、射手が饒舌になりはじめる。
「そんなこと言ったってねえ、お前俺がうっかりハンドル切り違えたら一緒にお陀仏よ? 問答無用だよ? いいのかよそれで」
 そんな展開は、一緒に出かけるたびにいつも考えている。レザーのシートの上でタンデムで前後に腰を重ねて、風の中で射手の背中やシャツから出たうなじを眺めながら。
「いいんじゃないか。たぶん腹上死みたいな感じで死ねると思う」
 お前となら、と付け足すのを忘れたけど、ついうっとりしたノリで言ったからニュアンスは伝わっていると思う。射手は面食らったように顔をゆがめ、「ないわ!」とグローブをふりほどいた手で頭を掻きむしった。
 俺たちの関係ってそういうものなんじゃないのかと俺が思うほど、射手の運転は安全運転に近づいていく。俺が最初のころ射手から感じていた危なっかしい魅力とは逆の方へ突き進んでいくのだ。この日の外出はロータリーを飛び出したあと、なんでもない都内の神社へ至り、賽銭を備えて現地の猫と遊んで終わったのだった。穏やかに、穏やかに。



「なあ、前から思ってたんだけど」
 家に帰り着くなりヘルメットを玄関先に置いた俺の言葉に、射手は「ん?」を視線をくれた。
「俺と一緒に出掛けてて楽しいか? 俺あんまり面白くないだろ」
「俺は楽しいよ。お前に吉本みたいなお笑いとか期待してねえし」
 射手は優しく笑いながら、言った。
「どうせなら外に出た方が健康的じゃん。元気なんだから。──俺はね、こうやって外でいろいろ移り変わるものに接してるのが一番健康的になれると思ってるし、お前と一緒にそうやって過ごしたらお前も健康的になってもう一石二鳥や三鳥ぐらいにはなってると思うわけ」
 こいつは、こんなに優しかったろうか。俺はこいつが珍しいことを喋っていると頭の片隅で感じていたが、上手く説明できない。かわりに鉄面皮みたいなクソつまらない面でそれを黙って聞いている。
「たくさん楽しい思いしてさ、長生きしてほしいからだよ」
「だれに」
「へ?」
 こちらを見つめる射手の顔がきょとんとして、それから赤くなってくる。喋るのは上手くないから、俺はのろのろ射手の前に立った。射手が、ごまかすような笑顔を作りながらじりじり後ずさる。俺もそのままじりじり距離を詰める。射手の背中が部屋の壁につき、射手がごまかし笑いのまま横へずれようとする。俺は射手の顔の横の壁に手をついてそれを阻む。射手が立ちすくむ。
 刹那、動きを止めた時間がとても綺麗だと思った。
「言って。だれに、長生きしてほしいの」
 俺も顔が赤くなってきているけど我慢している。今まで聞いてこなかっただけで多分答えは知っている。でも、答え合わせはちゃんとしなけりゃあな。


 - fin -

作品データ

初出:2015/8/-
オンライン企画「星座で総当たり132」参加作
同人誌『タンデム/重力』収録(※同人誌はR18)
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