ほしいっていえなかった

 射手の首にはいつも駄菓子屋の指輪を通したシルバーのチェーンがかかっていて、僕はその指輪のプラスチックのジュエルが好きだった。透明で傷つきやすくて錆びやすくて優しい光をもっていて、何度も季節を重ねるうちに指輪のメッキは端から剥がれてしまったけれど、射手はいつも笑ってそいつを首にかけ、一人になると懐から取り出して鼻歌交じりにそれを眺めていた。
「いつもつけてるよね、それ」
 大学時代のサークル仲間同士での旅行だった。僕が、ペンダントを指していうと、射手は僕に気づいて「つけてみる? 天秤」といつもの気さくな笑顔を見せた。僕が苦笑交じりにお断りすると射手はそれ以上無理強いもしないでさっさとペンダントを懐にしまった。
「売り物じゃないでしょう。大学時代もつけてたけど、えらい気に入りようだよね」
「ああ……、うん」
 射手は、旅先のベンチでぼんやりした顔をするとジュースをのんで人心地つく。
 まあいいか、と宙に小さなつぶやきが飛んだ。
「俺はこれをつけて死ぬと決めたので」
「そんなに大事なの」
「うん」

「俺の幼馴染に双子ってのがいてさぁ俺とそいつとは幼稚園時代に将来を約束しあった仲だったの。俺とそいつとはタッグ組んだら最強だからいつまでも一緒にいようねって。嘘だけど。そもそも俺とあいつとでいつまでも一緒にべったりとかキモいですっていう仲だったんだけど。だからシャレでおそろいの結婚ペンダントを作って無くしたほうが負けねって幼稚園時代に賭けをやってしまい俺は面白がって今日までペンダントをつけ続けてきたの。双子はペンダントたまにつけてたけどいつもはそれを家の鍵のキーホルダーにつけてて、高校時代のときそれ無くして何でかわかんないけど俺がそれ知ってボロ泣きしたもんだからあいつ土下座してさ新しい指輪買って約束は更新することにしたの。もう勝負でも何でもねえじゃんって話なんだけど。大学一年のとき俺はあいつを好きだって自覚したんだけどウソウソって超軽くごまかしててさ、大学四年の二月のときに冗談でチョコ渡して俺らつきあってるってことにしようぜって言ったらあいつノリノリでのってきたんでキスだけしたんだけど、舌いれようかって言ったらキモいよって言われたんでやめた。愛してるとウソウソを同じぐらい言い続けた。楽しいお付き合いだったよ。で、あいつは大学を卒業した三月に交通事故で天国に行っちゃった」

 一息に全部喋ってしまってから射手は遠くを眺めた。
「だからさ。このペンダントいつもつけてるんだよ。そしたらずっと一緒にいられるだろ」
 好きな相手に死なれてからずっと一緒なんて言葉を使うようになった射手。その笑顔も首から下げたペンダントも滑稽に見えて、僕は言葉に詰まった。
 死んだ相手に永久の愛を誓うには彼はまだ若すぎた。これから、まだ新しい恋も十分にできる歳だったんだ。
「射手。気持ちはわかるけどさ。その、双子だっけ? 彼もそんなに重いのは、天国で困ってるんじゃないの。彼はきっと君が軽やかに立ち直ることを望んでると思うな。そういう君の軽さが好きだったんじゃないの。彼は」
「そうかな」
「そうだと思うけど。君が明るく生きることが、何よりものはなむけになるよ」
「ほんとにそうかな」
 射手の笑い声は、だれにも優しかった。明るくて、軽くて、乾いていて。たった今もそうだった。涙なんて本当に辛くて我慢できない時にだけ流すものだという世間の良識に彼は染まっていた。
「なあ。俺と双子、ほんとに仲が良かったんだ。いつも楽しかった」
「うん」
「でも生きている間に、一回ぐらい喧嘩しておけばよかったと思うんだ。二人ともうまく喋れなくなるぐらいにさ。俺ももっと、だだこねればよかった。ウソでもずっと一緒にいたいって言って、すぐにウソって言って逃げたりしないであいつを試せばよかった。そんなこと言ったらあいつが先にウソだろって言うの知ってたけど。俺あいつが何されるのが嫌いか、それだけは知り尽くしてた。俺だってそうだもん。重い顔で愛してるって言われたら逃げるもん。あいつもそれを知ってたんだよ。
 すごく好きだったのに俺とあいつはお互い向き合うことができなかった。
 俺も双子も、愛し合って未来の重さで全てが崩れ去っちゃうのが怖かった」
 たとえばこんな場所に彼のかたみをつれてきて、「いい景色だろ」って言ってやるようなセンチメンタルで馬鹿な真似を続ければ泣けるかもしれないと思った。外でも。
 だけど後一歩のところで泣けない。
 射手は愛し合った記憶にすがりつくことすらできない。すがる記憶を双子との関係の中で作れなかったと、言った。
「小さい時はどうだったの」
「小さい時? ああ、双子がうちに遊びに来てたときに何度か一緒に昼寝したな。双子が怖い夢見て涙ぐんでたときがあってさ、俺は夢の中で一緒に戦ってやるためにあいつと手をつないでもう一度一緒に寝た。
 双子は怖い夢を見なかったんだよね。でも握ってた手が固かったから、多分寝てる間に俺らは悪夢と戦って追い払えたんだって信じてた」
 そういえばあの時は心が一緒だったな。
 ペンダントを手でいじりながら射手はあっさりとぼたぼた泣いて、「もう一回寝たら、あいつ助けに来てくれるかな」と、言っていた。


 - fin -

作品データ

初出:2009/1/-
同人誌『世界終了一ヶ月前/いつもの。』収録(※同人誌はR18)
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