The Myth

 天上を巡る十二の星座の環に新たな星座を加えるという話になって、神々のしもべたちは揺れた。銀河の惑星に代わって十二人のしもべたちが清浄の丘に降り立ち、新たな星座を誕生させるための儀を執り行うのだ。

 冥王星の遣いである蠍が星の最初のいのちを生み出す。それから父なる太陽の遣いである獅子と母なる月の使いである蟹との婚姻の儀。祭典の神事を司るのは木星の遣いである射手と海王星の遣いである魚。父と母を得た星に火星の遣いである牡羊が本能を与え、金星の遣いである牡牛と天秤が愛と美を与え、水星の遣いである双子と乙女が言葉を与え、祭事の二人が知恵と霊性を与え、土星の遣いである山羊が抑制と忍耐を与え、最後に天王星の遣いである水瓶がたゆまぬ変化を与える。
 ──そのようにして新たな神々のしもべたる幼子が生まれるはずだった。


 星を妬むものたちが、地の底から湧いてくる。
 土にもどった血がふたたび結びつき、生物のかたちを成して清浄の丘を上へと登ってくるだろう。祭典の場に辿り着いたからとて天上の星座になどなれはしないのに、生まれたばかりの小さな星を殺めようとはいずって。
 役目は決まっている。式典が終わるまでの間、婚礼する二人と祭事者、そして幼子を守るのは他の八人の役目だった。特に火星の牡羊と冥王星の蠍は戦士の役目を与えられた星座だ。誰よりも勇敢に、いかなる相手にも命を賭して戦わなければならぬ。

 身の丈何倍もある土くれの人形たちを、その剣で打ち砕く。
 神聖な祭典の陰で男たちは戦う。神殿で穢れなき甲冑に身を包んだ獅子と蟹が聖杯へ血を混ぜ合わせる間、誰も見ぬ丘の下で泥と不浄の血にまみれて。土くれたちはやがて戦士たちの剣と甲冑をまねる。かたちは大きくなり、動きは強く素早くなってゆく。
 いつか石の剣が甲冑の隙間をすりぬける。不浄なものが腹を貫くだろう。最後の力でそいつの首を飛ばしたところで、貫かれた男の命は終わるだろう──。


 冷たい空気が闇の中で耳鳴りを呼び起こした。
 蠍は、寝所の中ではっと目覚めながら指先まで痺れた体に血の通うのを感じていた。


(俺と羊が死ぬ。それほどまでに、今度の事業は難儀なのか)


 澄み渡った第六感に身震いが止まらなかった。自分と牡羊は使命を全うすることになるようだ。牡羊は夢を見ただろうか。いや、あの男にはどちらでも生きるうえで関係のないことか。
 一刻も早く想い人のもとへ行って、ひとつでも多くまぐわっておかねばならぬ。残された時間が少ないとわかって蠍は迷わなかった。三日後の祭典に着ていく甲冑は部屋の中で血の一滴もなく綺麗に磨き上げられている。触れると鳥肌の立つひんやりとした冷たさに、蠍は愛する者の顔とこれから生まれてくる新たな星座の体温を思った。
 必要最低限のことしかやっておく時間はない。蠍は甲冑から手を離すと部屋の外に足を運び、そのままランプを手に愛する者のもとへと歩いていった。やがて通路の夜闇が彼を呑みこみ、深淵へとその姿をかき消してゆく。


 - fin -

作品データ

初出:2007/11/24
同人誌『太陽の色彩/ならずものたち』収録
pixiv未収録