ファッションにまつわる口論

 双子がとみに悪口を叩くとき、俺はあえて奴のことを完璧主義者だと好意的にとらえるようにしている。神経が鈍い俺が精密機械になれないように神経が細かい奴が頑丈な土になることもできないのだから。
 ただ、それにしたって今日家に訪ねてきた双子の様子はおかしかった。目が血走っていて、目の淵が黒ずんで青みがかり、テレビに男性トップ・モデルの天秤の姿が映るなりテーブルの灰皿を投げつけそうになったぐらいだ。双子と天秤はともにファッション雑誌のモデルを務めており、天秤は先週ヨーロッパのブランド「フッチ」と広告契約を結んだばかりだった。

「いやになる。俺とあいつとの肉体的な違いなんて目の端が切れ上がってるか切れ上がっていないか、顎の骨のラインが三ミリ削れているかいないかそれぐらいの差しかないはずなのに。二次元になったあいつを見ろよ。テレビでも雑誌でも現物と違ってのし棒でのしたみたいにデブじゃねえか。あんだけダイエットしててまだ痩せられねえのかって会うたびに言ってやりたくなる。なあ牡牛」
「天秤か。俺には充分スリムで筋肉質だし品がいいように見えるが……。それに骨がそれなりにがっしりして見えていい」
「あああ……みじめ、みじめみじめみじめよ。あの身体でシーズン中に同じ服を三回も着てやがったんだ。二回目の時はコケにしてやったけど三回目に見たときは発狂しそうになった。しかもフッチじゃなくてブラー・ベリーの……それであいつが満ち足りてるんだってわかったときの、みじめさっていったら」
「お前は同じ服を二回しか着ないのか!?
「二回どころか数時間しか着ねえのがほとんどだよ! もちろん俺のほうが絶対にカッコイイに決まってる。だって俺は同じ服を二回も着ないんだからね。あいつと並んでて見劣りしないのはこの世界の中でほんの数人だけ。その一人が俺さ。
 ほんとうに、あいつが死ぬほど憎たらしい。
 だけどあいつの前でそんなダサいこと言うくらいなら舌噛み切って死んだほうがましだ。
 ──ああ、牡牛。金貸してくれ。来週天秤と一緒に旅行に行くんだ。あっちでのショッピング、あいつも楽しみにしてるから」

 同じ服を十年単位で長く着る俺は、咄嗟に双子の家にひしめく似たようなラインのワードローブの山を思い浮かべた。どうせ二度と着ないのなら一着残らず適正価格で売り飛ばしてしまえばいいのだ。
 例えば三年前の写真を見て変わり映えしない俺と、服のイタさに吐き気がするから見たくないと平然と吐き捨てる双子とでは、いったいどちらが幸せなのか。

「お前はどうして今有るものを味わわないんだ。本当にいいものが一着あればそれを何度でも味わう、服がぼろになるまではそれでいいじゃないか」
「そりゃ怠惰だし罪ってものだ。お前にはともかく、俺には許し難いね」

 ──問題外。お前じゃ話にならない。トレンドが見えてるんだから乗らなきゃダサい。
 ──ああでも天秤は三回も同じ服着たのになんでフッチ契約なんだよ。あいつの方がカッコイイってことか? たしかにあいつは俺とつりあう数少ない男だけど。あいつは。あいつは。

 部屋の隅の鞄に押し込んであるファッション雑誌を見下ろす。俺の存在はまあ眼中にないだろう。双子の目は、震えそうなほど弱く青臭く件の男を求めているように見えた。友人でありライバルであり彼だけのスターだったのだ。天秤という男は。


 - fin -

作品データ

初出:2008/5/26
同人誌『太陽の色彩/ならずものたち』収録
pixiv未収録