外から見るか中から見るか

 深夜の路上脇、遠くに車の光と街頭がぽつりぽつりと見える電話ボックスの中で高校生ぐらいの青年が二人身を寄せ、狭いスペースをどうにか泳ぐようにして添い合っている。蛍光灯の下にあるそれは金属の枠とアクリル板による透明な長方形キューブのように見える。

 青年の片方は全身のラインが鍛え抜かれたカモシカのように細かった。もう一人は白く薄く削がれた扇子のような、ともすると折れてしまいそうな華奢な印象を周囲にあたえた。電話ボックスの中で相手の懐に絡め取られている華奢な青年が顔をあげ、相手の跳ねた髪の中におさまった柔らかな耳へとささやいた。
「射手。よくないよ。こんなところで」
 射手と呼ばれた青年は相手の肩にのせかけていた頭を引くと相手の青年の小さな顔を見つめ、無邪気な企みを顔にのせて微笑んだ。
「なんで」
「だって人が通ったらどうするの」
「夜中だし、人いないし、お前と絡んでるとこだったら全部見られても別にいいもん。魚」
 魚と呼ばれた青年の頬を射手の指がなぞる。そこから胸元へ下った手が白いワイシャツの第二ボタンを我が物顔で外した。魚は急に不安げな顔をすると射手の懐に潜り、はっきりと胸元を強張らせて体を硬くした。
「そーゆースリルとか嫌い」
「俺はスキ。……でも、嫌なの?」
「嫌だ。もっと、ロマンチックなのがいいんだ」
「ふーん」
 射手は胸元で固まっている魚の後頭部から襟足に至る白いうなじまでを眺めると、ぼんやり思案にふけってからなだめるように魚の背中を撫でさすった。
「魚。ここってさあ。狭い透明のキューブみたいだよな。こういうところから透ける壁越しに眺める街の光ってすごく綺麗じゃないか?」
「だまされないよ」
「騙すもなにも、嘘ついてない。街も綺麗だし夜も綺麗だし星も綺麗だし魚も……うーん」
 ちょうどいい言葉が見つからずに口を濁す射手を、魚が小首をあげて見上げる。
「俺も何?」
「うーん、綺麗、だとちょっと表現的に単純すぎる。引力がある。……だとニュートンの法則みたいだし。甘い? いやそれはどっちかっつーと砂糖っぽいし」
 咀嚼するような口の動きのあとで「全部だな」とあっさり言ってのけると射手は魚の頭を左腕で抱きこみ、頭をぴたりとくっつけあって魚の視野を制限した。やがて魚は射手が右手で指差した先に人気のない寂しげな道路を見た。
「魚。いまなに見てる」
「道路。寒いね」
「俺はガラスを見てる。俺と魚が超ラブラブに映ってるっしょ」

 電話ボックスの中の電気がアクリルの壁に反射し、半透明の魚と射手を映し出した。射手に抱き込まれながら、こいつはこういうものが見える心をもっているんだとわかって、うっとり自分の赤い唇をむすんだ。胸が少し苦しくなった。
「そうだね」
「うん。魚も見えるでしょ」
「見える」
「魚、こういうのがスキでしょ」
「うん」
「俺もスキ。こういうのも、結構スキだよ」
 射手がアクリル板の中で笑った。半透明の笑顔が屈託がなくて、嬉しくて、それでいてもう一歩踏み出せば火傷しそうな火の気配を感じた。
「魚。愛してるから」
「うん。俺も愛してる」
「脱がすよ」
 怖くなったらガラスに映る俺と魚を見ててと言いながら射手は魚のワイシャツのボタンを矢のような速さで外していった。胸元の肌が服の隙間からのぞき、魚が気後れする暇もなく「魚も俺の服脱がせて」と射手から指示が飛ぶ。
 立ちながら行為に耽る二人の足元に脱ぎ捨てた服が何枚も落ちた。唾液の混じる音や熱い吐息のかかる音がごく近くで聞こえる。何キロも先で車のエンジン音が通り過ぎた。街灯の下、もぞもぞと狭い透明なキューブの中で、若い二人の青年の体が熱を帯びて絡み合っている。


 - fin -

作品データ

初出:2008/2/1
同人誌『太陽の色彩/ならずものたち』収録
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